福祉型民事信託

 先だって、私の依頼者である50代の男性から久しぶりに電話がありました。その方の父親(千葉に広大な土地を持っていらした)が亡くなった際に相続手続きの依頼を受け、無事相続手続きは完了したのですが、「あれから10年がたち、母も既に84歳になった。既に広大な土地は売却したが、それでも狭いながらも土地と持ち家を現在も保有しており、また、都内にも何箇所かの投資用のマンション、アパートを保有し、その家賃収入で生活を立てているが、そろそろ、母の老人ホームへの入居を考えなければならなくなったし、年も年だから相続のことも考えなければならないが、どのようにしていいかわからない。相談に乗ってもらえないか」との電話でした。

高齢化社会になっている昨今では、このような相談が数多く聞かれるようになりました。単なる相続対策ではなく、高齢化した父母の財産管理の問題、施設入居の問題等の心配までしなければならなくなりました。以前であれば、単に相続対策だけで済み、「それでは遺言書でも作成しましょうかね。」と、遺言書の作成の仕方等を教えるような単純な回答でよかったのですが、そうもいかなくなりました。

 そこで、どのような切り口で対策を練ったらよいかを考えました。

各士業のWebを覗きますと、①生前贈与したらどうか、とか、②その際に相続時精算課税の方法を選んではどうか、とか、③遺言書を作成したらどうか、等の解説が載っておりますが本件事例にはフィットしません。

そこで、福祉型民事信託の活用をお勧めすることにしました。聞きなれない用語だと思いますが、今回の事例には最もフィットする回答ではないかと思っております。

 そもそも、信託とは、信託希望者(委託者)が、一定の方法(信託行為)によってその信頼できる人(受託者)に対して財産を移転し、受託者は委託者が設定した一定の目的(信託目的)に従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理・処分などを行う財産管理制度です。

 本事例の場合、委託者はお母さんであり、受託者は、依頼者である息子になります。委託者と受託者との間にお母さんの財産を信託財産として息子である受託者に信託目的で財産移転し、受託者である息子は、委託者且つ受益者であるお母さんのためにその信託財産を管理します。また、お母さんが亡くなったときに信託契約は終了し、信託契約書に信託財産は息子さんが信託財産帰属権利者として取得する旨を定めておけば、息子さんはその財産を取得する方法です。また、信託終了にもとづく息子さんへの信託財産の移転については、他の相続人の協力は必要ない点です。登記申請は登記義務者である受託者たる息子さんと登記権利者である帰属権者たる息子さん、即ち、息子さん一人で登記申請ができるというメリットがあります。このように後始末でも相続人間で無用なトラブルを避けることができるのです。
 また、お母さんしても、遺言書の場合ですと、お母さんは自由に遺言書を作成することができますが、その効力が発生するのはお母さんが亡くなったときですので、お母さんは遺言書どおりに実行されているかを実感することはありません。また、遺言書があっても相続人間で意見が纏まれば遺言書とは違った遺産分割協議ができますので、自分の遺志が希望どうり実現しない可能性が残ってしまいます。そういう意味からも生前に信託という契約をすることによりお母さんの遺志をお母さんの死後にも持続させることになります。これを意思凍結機能といいます。

 そこで、この信託方法ですと、委託者であるお母さんは、最も信頼する息子に信託による移転をして信託財産として管理してもらうことができ、その信託財産から収益がある家賃収入は受益者であるお母さんの施設入居にかかわる諸費用に充てることができます。図式にすると下記のようになります。

 ところで、大概の方は不動産の所有権を移すことに拒否反応を示されます。日本人は所有権意識が高く、信託のためでも一旦所有権を手放すと自分のものでなくなるとの思いが強い方が多いため、なかなか信託を理解してもらえないのが現状です。しかし、考えてみてください。信託によって、所有権を信頼できる受託者に移転するわけですが、その所有権は受益権に変換されるものなのです。受益権は、不動産の価値と、そこから上がる収益全体を含みます。また、受益権はこれを売買することができます。税務当局は、受益権売買は不動産売買と捉えて課税してきますので、不動産の所有権は受益権に化体または変換したものと考えてよいのです。この受益権は、所有権と同様、不動産登記上は信託目録に記載されますので、第三者がこの信託目録を閲覧すれば誰が受益者かわかりますし、これをもって、所有権と同じように、自分が受益者である旨を主張することができますので安心してください。

 信託することによって、信託した財産を受託者に管理してもらえますが、信託法上、受託者(息子)は受益者(お母さん)のために様々な義務を負うことになります。信託法29条から39条までは様々な義務を規定しております。これらの義務に違反すれば裁判所に解任の申し立てをすることができますし、信託契約書に解任事由を記載しておけば、これをもって解任することができます。そして、受託者の義務の中に、受託者は信託財産を自分の財産とは別にしておかなければならないという項目があります。これを分別管理義務といいます。また、信託財産は、受託者が仮に債務超過になり倒産したり又は破産を申し立てたりしたとしても、受託者の債権者は信託財産に差押などをすることができません。これを倒産隔離機能と言います。信託財産として、受託者の財産とは一線を画されていますので、委託者や受益者は安心して信託することができるのです。

 更に、信託による所有権移転をするときは、売買による場合とか、贈与による場合に比べて、登録免許税が安いのです。売買又は贈与が原因ですと、土地建物の評価額の1000分の20(細かいようですが、土地の売買については平成23年3月31日までは1000分の10に減額されていますが、これも、平成23年4月以降段階的に引き上げて行って平成25年4月以降は1000分の20になってしまいます)の登録免許税を取られますが、信託を原因とする所有権移転は1000分の4で済んでしまいます(これについても、平成23年3月31日までは1000分の2ですが、平成23年4月以降段階的に引き上げを行って、平成25年4月以降は1000分の4となってしまいます。)また、受託者が信託による所有者となりますが、不動産取得税は取られません。真実の所有者ではなく、あくまでも、信託によって受益者のために保管している、とみなされるからです。

 ところで、息子に信託したはよいが、息子の金使いを見ているとどうも一抹の心配があるとお考えの委託者たるお母さん方がいたとしましょう。しかし、そこで躊躇してはなりません。その心配を避ける方法もあるのです。そのひとつに、法律の専門職である司法書士や弁護士に信託監督人または受益者代理人に就任してもらい、受託者の監督をしてもらう方法があります。どうぞご安心ください。